メカ屋さんの嘆き

機械フェチだったのか?

子供のころから機械を分解することが大好きでした。

自転車や身の回りの物など当時(昭和)の機械製品は良く壊れました。

親父が機械屋だったこともあり、しばしば分解し修理している姿を見て興味深く見ていました。

中学生ぐらいのころカセットテープのウオークマンが壊れて分解したとき、その内部の精緻な構造を見てとても美しく素晴らしいと感じました。どんな人がこんな精密な機械を設計するんだろうかと興奮して分解したりして。

大学のころはカーオーディオの分解修理、バイクの整備などいろんな機械を分解しては壊したりたまに修理が成功したり、そんな小僧でした。

良い大人になってからも古い80年代のでっかくて重たいオーディオアンプのジャンク品を買ってきて修理したり。その当時は既に真空管は少なくMOS FETでしたが基本的にティスクリート構造で構成されており何百カ所もある半田の盛り直しやコンデンサの交換などやったり。そんな当時のアンプもメカメカしくてボリュームやスイッチ類はアルミの切削削り出し部品が多くうっとりしました。

素晴らしい進化ですが

いい年になって世の中の技術革新や進化で便利になりましたが少し寂しくなることがあります。

ウオークマンは半導体メモリとLSIに代わって分解しても基盤とバッテリーだけ。

バイクや車もエンジンがモーターになり、MDは消えてなくなり高級アンプはデジタルアンプで手のひらに乗るサイズで高音質になり・・

昔の機械屋のこだわり

機械屋として仕事を始めたころは(平成)重厚な鋳物のフレームを雨ざらしで何年も放置、枯らして応力が自然解放されて寸法変化が少なくなってから使用するとか、そんなこだわりがありました。そんな話を聞いたときは凄いなぁ、そこまでこだわってモノづくりしているんだとと関したものです。

昨今はそんな無駄な事せずにペラペラの製缶溶接構造で必要最低限の強度と寿命があれば良いと、それでもありとあらゆるセンサーでフレームの剛性の無さはセンサーで変移量を計算、予測してプログラムで補正するので性能は良くなってコストは下がってと、メカニカル要素のコストをどんどん下げてゆく傾向が多いですね。

それでもメカが好き

世の中の流れが半導体産業が重要性を占めるようになってきておりますが、それでも機械は絶対になくなることはありえませんよね。

半導体を製造する装置は基本メカの集合体ですからね。

そして年々感じるのですがお客様のメーカーでも熟練の経験と知識を持った機械屋が減少してきているようです。

老舗のメーカーでも既存の新型機の基本設計が20年前、30年前から変わっていないことなどざらです。そしてその当時なぜその形状にしたのか設計根拠や思想的なものが断絶してしまって誰もわからないけど変えると失敗した時が怖いので誰も手を付けられずそのまま使用し続けているというケースが多いですね。 だからこそ、私のような機械屋の存在意義があるのかなとも思ったり。